5th release

Ruby,My Dear

Mayuko Katakura Trio

  1. Echo ~ Secret Love (16:57)
  2. Ruby, My Dear (10:20)
  3. Pinocchio (6:32)
  4. A Dancer's Melancholy (9:40)
  5. Unconditional Love (10:53)
  6. Inception (6:26)
  7. Ellington Medley
    The Star - Crossed Lovers ~ Melancholia ~ The Single Petal of A Rose (6:18)

PERSONNEL

片倉 真由子

Mayuko Katakura

Piano

 宮城県仙台市出身。両親がプロのジャズミュージシャンという恵まれた家庭に生まれ、幼少時からクラシックピアノを始める。洗足学園大学入学と同時にジャズピアノに転向、同大学を首席で卒業後、2002年バークリー音楽大学より奨学金を受け留学。在学中よりボストンやN Yのライブハウスほか各地でライブ活動、2005年名門ジュリアード音楽院に入学しケニー・バロンに師事。2006年セロニアス・モンクピアノコンテストでファイナリスト。帰国後は一流ミュージシャンと共演。その創造性溢れるピアノは、将来が最も期待されるピアニストのひとり。

佐藤ハチ恭彦

Yasuhiko Hachi Sato

Bass

 1968年高崎市生まれ。19歳で上京するまで、5歳からピアノ、12歳からサックス、13歳からはギター、15歳からベースを弾くようになる。早大に入学後、吉野弘志氏に師事し本格的にベースをはじめ、在学中よりプロとして活動開始。'97年にダスコ・ゴイコヴィッチ(tp)のツアーに参加を皮切りに内外のミュージシャンと共演。TOKU (flh,vo) の初期のレギュラーバンドのベーシストとして活躍。音楽の持つ楽しさ美しさそして「自由」の素晴らしさを伝える事の出来るプレイヤーとして、多方面で高い評価を得ている。現在は洗足学園ジャズコース非常勤講師として後進の指導にもあたっている。

Gene Jackson

ジーン・ジャクソン

Drums

 9年もの間ハービー・ハンコック・トリオのレギュラードラマーとして世界を股にかけて活躍。ウェイン・ショーター、ミンガス・ビッグ・バンド、ブランフォード・マルサリスなどなど数多くのビッグアーティストとの華々しい共演歴をもつ。現在は米国と日本の多くのバンドから乞われて、半年ごとに行き来して活躍中。派手なことはしないが、コンボサウンドを多種多用なテクと優れた演出力で支える本物のNYジャズドラマー。よくスウィングするドラミングと特にブラシワークは秀逸。

LINER NOTES

片倉真由子のジャズ

音楽評論家 中川ヨウ/Yo Nakagawa

 片倉真由子のピアノが好きだ。どこをとっても、ジャズになっている。
 あえて、一つ挙げるなら、彼女の即興演奏の素晴らしさだ。その時の共演者と、あるいはピアノと対話しながら、その瞬間のインスピレーションを大事に弾いていることが、聴き手にも伝わってくる。決してクリシェにはならず、その都度新しい。セロニアス・モンク楽曲は、本人が素晴らしい作曲家であるばかりか、比類なきピアニストであったため、弾くのが難しいと思うが、彼女なら弾ける。今の日本では、片倉真由子くらいしか“モンク弾き”はいないと思うほど、真髄に迫っている。
 今作にも収められた〈ルビー・マイ・ディア〉は、そのモンクの名曲の一つだけれど、片倉真由子にとっても代表的レパートリー曲だ。彼女のデビュー作『インスピレーション』にも収められたが、今回は青山の人気ジャズクラブ“BODY&SOUL”のレーベルからのリリースとあって、お店でのライヴ・レコーディングである。

 おかっぱ頭を少し下げて、鍵盤に魂を置くようにして、曲を弾く真由子。彼女の〈ルビー・マイ・ディア〉に涙するようになったのは、いつからだったか。私個人の経験で言えば、彼女の故郷の仙台が東日本大震災にあった時、深く悲しんでいる彼女を見かけた。洗足学園音楽大学で彼女はジャズ・ピアノ、私はジャズの歴史/未来の教鞭をとっていたから、顔を合わせることがままあった。いつ会っても素直で、正直に生きていて、素晴らしいなと思っていたが、そういう性格の人が悲しんだ時は深い。彼女の悲しみが少し癒えた時、彼女を救うかのように、そのエモーションがピアノに乗り移るようになった。それ以来、彼女のこの曲にはいつも涙を抑えられない。

 片倉真由子を見ていると、日本で彼女ほどのジャズ・ピアニストを輩出することは、一代では出来なかっただろうと思うことがある。彼女の両親は共にジャズ・ミュージシャンで、父親がアルト・サックス奏者、首藤昇。母、片倉加寿子は今も仙台を中心に活躍しているピアニストだ。家では祖母を含め、いつも誰かがピアノを弾いているか、ジャズのレコードがかかっていた。「ジャズがいつも“そこ”にありました」(真由子談)
 真由子はクラシック・ピアノを習い始め、母の背中を見て、自分もいつか音楽家になりたいと思ったという。高校時代に、母に「ジャズ・ピアノをやろうかと思う」と話したところ、あっさりと「そう、やってみれば」と返されたという。後で聞くと、加寿子母にとっては非常に嬉しく、「しめた!」と思ったそうだが、つとめて顔には出さないようにしたのだそうだ。

 大学進学時にジャズコースを創設したばかりの洗足学園音楽大学(当時は短期大学)を選び、ジャズ・ピアノに明け暮れる日々が始まった。卒業後はバークリー音楽大学、続いてジュリアード音楽院に進み、ケニー・バロンなどに師事し、研鑽を積んできた。受賞歴、アルバム・リリースも順調にきたが、その日々を比較的近くで見てきた者としては、努力し、悩み、先人の録音を聴き込み、一歩一歩前進してきた日々だと感じている。彼女自身が、次のように語った。
 「昔より、気持ちがタフになったかもしれません。気持ちが強くなるとは、思っていませんでしたが。今作は、『エコー・オブ・フィールズ』以来 4年ぶりのアルバムになりますが、いつも演奏させてもらっているBODY& SOULでのライヴ・レコーディングですから、自分でも楽しんで演奏できました。録音していることすら忘れて、ピアノに向かっていました」

 このアルバムの素晴らしさに、トリオのメンバーが寄与していることは間違いない。いいトリオで、3人とも演奏のスキルはもちろんのこと、聴くことに長けている。だから繰り出せる音がある。
 それぞれのメンバーについて、彼女に語ってもらった。まずは、ベースの佐藤“ハチ”恭彦である。
「元々ハチのベースが好きなんですが、『もっとこういうビートが欲しい』と言うと、否定せずに『そうか、じゃ、こう言う風にしてみようか』と考えてくれました。話し合うことができて、ありがたいと思っています」ジーン・ジャクソンの躍動のあるドラムスに関しては、次のように語った。
「ジーンは、今でも憧れの人です。どのバンドにいても、そこのメンバーを尊敬してくれて、バンドを持ち上げてくれるんです。何故この3人で長年続けてきたかと言うと、自分の音楽には、この2人が必要だったのだと思います」

 収録曲について、片倉自身の言葉を借りて解説していきたい。
M1. Echo~Secret Love「オリジナル曲の〈Echo〉を一人でやらせてもらい、自分の心構えを作ってから3人で〈Secret Love〉を演奏しました」
M2. Ruby, My Dear「好きな曲なんです。モンクは、タイム、メロディ、色と、いつもスパイスが効いています。それが気持ちいい。10年前も収録しましたが、10年後はまた違う演奏になると思います」
M3. Pinocchio「難しい曲で、3作目にも収録しましたが、上手くいかなかった。いかないからこそ、弾き続けてきた曲です。今回は、何かに向かっている姿勢、勢いを入れようと心掛けました」
M4. A Dancer’s Melancholy「2枚目、3枚目と続けて収録をした曲ですが、『これは入れたほうがいいんじゃない』とハチも言ってくれ、今作はライヴ収録でお聴きいただきます」
M5. Unconditional Love「BODYでジェリ・アレンのトリビュート・ライヴをやらせていただき、どれだけジェリが好きかを再確認しました。ジェリへの敬愛を込めつつ、トリオの2人からインスピレーションをもらって、私なりの演奏をしました」
M6. Inception「今、実は、奏法・リズムを変えようとしているところなんです。この演奏自体は気に入っていないのですが、挑戦している意気込みが感じられるので、ゴツゴツしていてもいいかなと、収録しました。最近は、毎日本番ということが多いので、安全なところに居ないように、挑戦を続けるよう心しています」
M7. Ellington Medley: The Star Crossed Lovers~Melancholia~The Single Petal of a Rose「最近ソロ・ピアノにも取り組んでいますし、トリオでもアンコールではソロを弾くので、アルバムもそれにならいました。エリントンの曲は素晴らしいのですが、今でもとても難しいです」
 エリントンにモンクにオリジナル。ジャズの潮流が一つに繋がっているのを感じ、非常に嬉しく聴いたアルバムでもある。

 日本が誇るジャズ・ピアニスト、片倉真由子。これからも、彼女の挑戦は終わらない。(2019年6月記)